ゴルフの歴史とルールの成り立ち

ゴルフはイギリス発祥の紳士のスポーツとして知られていますが、その起源についてはスコットランドを筆頭に、オランダ、中国など世界各地に発祥説があり、定説がないのが事実です。

北欧起源の「コルフ」という、「打った球を柱に当てるスポーツ」が、スコットランドに伝わったとする説。オランダの「フットコルフェン」から来ている説。近年、オランダからスコットランドへのゴルフボール輸出書類が発見され、起源として有力視されるようになっています。

中国の元の時代の書物『丸経』(ワンチン)に記載されている「捶丸」(チュイワン)という競技を起源とする説。捶丸については、中国の学者が五代十国の時代にまで遡るという説を出しています。

初期のゴルフでは現在のような整備されたコースはなく、モグラの穴を利用してゴルフを楽しんでいたといわれます。

またスコットランド地方でゴルフという競技が確立した頃は、パーという概念は存在していなかったようです。何故なら2名のゴルファーが1ホールごとにホール内での打数により勝ち負け(同じ打数の場合、そのホールは引き分け)を決め、18ホールまでにどちらが多くのホールで勝ったかを競うマッチプレー方式で行なわれていたため、それぞれのホールに規定打数を決める必要が無かったからです。

ゴルフのマッチプレーは2名で競技する場合はホールごとに勝ち負けが決まるため単純明快でしたが、より多くのゴルファーによる試合では優勝者を決めるまでに18ホールの試合を何回も繰り返す必要があり、やがて多人数で競う場合には順位付けがし易い、予め定められたホールをまわった時点の打数(ストローク)の合計を競うストロークプレー方式が広まるようになったわけです。

ストロークプレーが主流になると、それまでコースごとにバラバラだった18ホールの合計距離などに対し、画一した規格を決める必要が出てきたので、全てのホールに対し既定打数を決めて、コースごとの合計既定打数による比較がし易いように定めたのが、パーの起源といわれています。

起源にはいろいろな説があるものの、現在のゴルフというスポーツが発展し完成して近代スポーツとなったのがスコットランドであることは間違いないようです。

1457年には時のスコットランド王国国王ジェームズ2世によってゴルフ禁止令が出され、これがスコットランド史上におけるゴルフの初出であるとされています。ゴルフはスコットランドの東海岸から広まっていき、宗教改革時のスコットランド長老教会の否定的な態度にもかかわらず民衆の娯楽として広まっていきました。

1750年ごろにはエジンバラとセント・アンドルーズにゴルフクラブができ、またイギリス帝国の拡大に伴って世界各地に移住したスコットランド人によってゴルフも各地で行われるようになりました。

1860年には世界初のゴルフの選手権大会である全英オープンもはじまりました。しかし、ここまではゴルフはスコットランドのスポーツに過ぎなかったようです。

ゴルフが爆発的に広まるのは、1880年代にイングランドでゴルフブームが起きてからです。イングランド各地にゴルフ場が建設され、さらに1890年代にはアメリカでも流行が始まり、またイギリス人によって世界各地にゴルフ場が建設され、ゴルフは世界的なスポーツとなっていきました。

日本における最初のゴルフ場は、1901年に神戸市の六甲山に作られた神戸ゴルフ倶楽部です。しかし当初は外国人向けのもので、日本人による日本人のためのゴルフ場は、1913年に井上準之助らによって東京に作られた東京ゴルフ倶楽部が最初になります。

現在では世界に広まり、各国にプレイヤーが存在します。ゴルフ場も各国に建設され、現在では35,000以上のゴルフ場が存在するまでになっていますが、中でもアメリカ合衆国が約半数を占め、圧倒的に多いです。

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